2/19-26の8日間、大学の休暇期間を利用してマラウイ北部に
住んでいる同期隊員4人のところに活動見学に行ってきた。
明日2/27ここLilongweから任地Domasiに帰るところまでを含めると、
総移動距離は概算1,655km。
日本での移動を考えると新幹線や高速道路があるので
そうでもない距離のように思えるが、ここマラウイでの
舗装されていない道路や自転車タクシーを利用しなければ
ならないこと等を踏まえると想像以上に大変なことであった。
その証拠に、総移動時間概算は40h(時間)。
以下は詳細。
Domasi - Lilongwe (350km;6h)
↓
Lilongwe - Luwelege (300km;6.5h)
↓
Luwelege - Mzimba (100km;5h)
↓
Mzimba - Edingeni (60km;2.5h)
↓
Edingeni - Nkhata Bay (160km;6h)
↓
Nkhata Bay - Mzuzu (35km;2.5h)
↓
Mzuzu - Lilongwe (300km;5.5h)
↓
Lilongwe - Domasi (350km;6h)
同期隊員の活動だが、職種によって実に様々だと改めて思った。
私のように、学校にOFFICEがあり、授業に行けば生徒がいて
その生徒を対象に授業すればいい教員隊員もいれば、
今回活動見学の対象にした同期隊員のように、カウンターパートもいなくて
日々の活動の立案からミーティング、ワークショップなどの実行までを
全部自分で計画し、周囲を巻き込んで動かしていき成果を出さなければ
ならない環境に置かれている隊員もいることを知ることができた。
同期の活動に実際について周ったわけだが、本当に地道な、
これこそまさしく協力隊らしい草の根的な活動だなと感じたのが率直な感想だ。
現地の人と同じような生活をし、その中でしか把握することのできない
現地人の間の特殊なコミュニティを理解した上で、
意図するものを最も効果的に伝えるためにどうするかを日々考える。
考え続ける。そういった活動の中に生活を置いている同期隊員の姿を
垣間見ることができただけでも、今回北へ行った価値はあった。
自分がこの先どのように活動をしていくかを再考するきっかけにもなった。
次また機会を見つけて、先輩隊員の活動の様子も見に行ってみたい。
きっと自分の活動の活力になると思う。
2012年2月27日月曜日
2012年2月13日月曜日
出張延期
今週まるまる1週間を予定していたBlantyreへの出張が延期に。
今週のスケジュールがなんにもなくなってしまった。
はてどうしよう。
荒れてる用器具庫の5Sをしたいが、自分一人でやっても意味がない。
生徒や教師を巻き込まないと意味がない。ただの自己満足。
生徒は試験期間中で忙しい。
教師も試験監督と評価で忙しい。
今頃会社は年度末に向けて忙しくしているだろうな。
おれもこうしちゃいられない。
この先、残り1年8ヶ月の活動計画表を具体的に作ってみよう。
今週のスケジュールがなんにもなくなってしまった。
はてどうしよう。
荒れてる用器具庫の5Sをしたいが、自分一人でやっても意味がない。
生徒や教師を巻き込まないと意味がない。ただの自己満足。
生徒は試験期間中で忙しい。
教師も試験監督と評価で忙しい。
今頃会社は年度末に向けて忙しくしているだろうな。
おれもこうしちゃいられない。
この先、残り1年8ヶ月の活動計画表を具体的に作ってみよう。
2012年2月9日木曜日
2012年2月8日水曜日
出張指示。
来週まるまる1週間Teaching Practiceという研修のために
マラウイ最大の商業都市Blantyreに行くことになった。
大学からの出張指示である。
今週末の日曜に移動して金曜の夜に帰ってくることになる。
今は試験期間で授業がないので試験監督とレポートの添削だけで
一日が終わり多少退屈していたが、いい刺激になりそうだ。
これまで話す機会の少なかった別教科の教師とも交流を深められそう。
マラウイ最大の商業都市Blantyreに行くことになった。
大学からの出張指示である。
今週末の日曜に移動して金曜の夜に帰ってくることになる。
今は試験期間で授業がないので試験監督とレポートの添削だけで
一日が終わり多少退屈していたが、いい刺激になりそうだ。
これまで話す機会の少なかった別教科の教師とも交流を深められそう。
2012年2月4日土曜日
他人の評価
自分で生徒に課したレポートとは言え、いざ自分の手元に集まると
...思考ストップ...
この量に圧倒され、一度手が止まってしまう。
学期末の課題レポート |
20人×5枚/人=100枚 (表紙・引用文献ページ含)
そういえば、人のレポートを評価するのはおそらく初めてである。
とりあえず今日は、客観的な評価ができるように評価基準を作って、
とりあえず今日は、客観的な評価ができるように評価基準を作って、
表紙と引用文献を中心に評価した。赤ペンで容赦なく添削。
評価基準があれば迷うことがなくていい。
客観的な指標を作るのはもちろん、生徒を正当に評価するためであるが、
自己防衛のためでもある。生徒に後から不平不満不服を言われても、
明確な、誰もが納得するような基準があればそれを以て説明できるからだ。
自分で評価基準を作ったのは、大学として基準を持っていないため。
それが日本においても通常のことなのかどうかはわからない。
参考のためにネットで少し調べてみたところ、
日本の大学のレポート評価基準はその担当教師により様々であるため、
担当教師の指示に従うことが重要であると記載されていた。
また、教師が生徒に何を求めているのか、教師の意図をしっかり
汲み取ることが重要である、というようなことが記載されていた。
ほんの一部しか調べていないわけだが、どうやら、
要は教師次第、ということであった。
しかし、ここはマラウイ。
今日、実際に20人分の生徒のレポートの表紙を採点して思った。
必要記載事項の漏れや誤字脱字が目立つな、と。
自分が一学期間受けてきた授業科目名がまるで違っていたり、
私の名前がKETTAになっていたり(うちのウォッチマンも未だに間違えている)、
ひどいものだと、私が課したレポート課題そのものが変わっていたり。。
これでは内容どころではない。
レポート課題が違うのだから内容が合致するわけがない。
だとしたら、やはりまずは体裁からしっかりと身につけさせるべきだと思う。
生徒の学習段階に応じた評価方法を考える場合、
低学年では体裁重視、高学年では内容重視とするのが通常であろう。
当然、内容の重視はしっかりした体裁の上に成り立つ。
…評価の観点から、どう生徒の指導にアプローチしていけばいいんだろう。。
...思考ストップ...
しばらくはこのことで頭を悩ませることになりそうだ。。
他人を評価するということが 一筋縄でいくわけがない
2012年2月1日水曜日
反省。 と、…。
来学期から部活動を始めるにあたって、まずはどの種目を立ち上げるかを
決めなければならない。そのためには、この大学にどんな用器具があり、
何が不足しているのかを把握する必要がある。
そこで、カウンターパートに聞いてみたところ、
「ほとんど全てが不足している」とのことであった。
確かに、普段スポーツ関連の用器具を見る機会は少ない。
それを自分の目で確認したく、用器具庫を見せてほしいとお願いしていたのだが
渋られていた。というのも、用器具庫は固く施錠されており、
開けるのに労するからというのがどうやら理由のようだ。
しかし実は、渋られていたのにはもう一つ理由があった。
最近、日本から発展途上国への物的援助を促す
「世界の笑顔のために」というプログラムがあって、
ほとんど全ての用器具が不足しているという話を聞いていた自分は
その締切が間近であることもあり、用器具庫の確認をする前に
本プログラムの内容をカウンターパートに話してしまったのだ。
カウンターパートはただでスポーツ用器具が貰える可能性があると考え、
用器具庫を先に私に見せてしまっては得られるものも得られなくなると思い
見せるのを渋っていたようだった。
(結局、確認したところ、本プログラムは自分の本来の活動の範疇に入る場合
受理されないため、初めから適応外だったのだが…)
私はいつでも本プログラムの申請書を提出できるように準備万端の
状態ではあったが、用器具庫を見るまでは申請書は提出できないと思っていた。
自分の目でちゃんと事実確認を済ませなければ次のステップには進めない、と。
当たり前の事だ。
そう思っていた時、ちょうどいいタイミングで生徒がサッカーか何かの
ユニフォームをカウンターパートに返却しに来た。
今がチャンスと思い、カウンターパートと生徒についていって
ようやくの思いで用器具庫を見ることができた。
中には、
数多くの用器具があった。
確かに、それらの中には壊れていたりで使い物にならないものもあったが、
使えるものも十分にあった。これだけあれば十分にいろんなことができると
思ったのが率直な感想である。問題の所在は別のところにある。そう感じた。
それを知ると同時に深く反省もした。
自分がこの大学にボランティアとしてきたことで、
なんとかこの大学の役に立ちたいと思った一心での行動でもあったが、
申請書提出期限間近であったためとは言え、
事実を確認せずに先走った行動をとってしまった。
申請書提出間際で止めていたとは言え、提出直前。。反省である。
カウンターパートに早い時点でもっと強くお願いするべきだったと思う。
また、それと同時に新たな問題を見つけた。
問題は用器具が不足していることではなく、
それらを効果的に使うための仕組みが整っていないことなのである。
私は私に用器具庫をなかなか見せてくれなかったカウンターパートが言う
「用器具庫を固く施錠しており開けるのに労する」というのは
一つの事実である思っている。おそらく間違いない。
というのも、最近始まったことではないとは思うが、大学の所有物は
頻繁に誰かの手によって盗まれている。
(そこには残念ながら本大学の生徒も含まれている。)
それを警戒する上で仕方なく扉に鍵を2つ、
さらにバッグラバー(鉄格子の扉)に南京錠を2つ付けているのだ。
これでは確かに頻繁に開け閉めするのは大変である。面倒である。
しかし、ここに問題解決の糸口がある。
大事な用器具を守るためには固く施錠することも必要だと思っている。
しかし、用器具は生徒に頻繁に使われてこそ大事なものである。
大切にしまっておいても生徒のスキル向上には結びつかない。
だからこそ、頻繁に使うものとそうでないものをまずは選別し、
頻繁に使うものは体育館(日本が無償資金援助で建てた立派な体育館)の
倉庫に鍵を付けてそこで管理するべきだと感じている。
ハード面はそれなりに充実している。あとはそれをどう使うかだ。
最終的には教師がそれら備品を管理するのではなく、
今盗む側に立たされている生徒自身に管理させるようにしたいと思っている。
最初は管理がうまくいかなくて生徒に用器具を盗られるかもしれない。
でも、生徒が部活動に真剣になって、それら用器具が自分だけでなく
自分の仲間や後輩にとってどれだけ大事なものなのかがわかってくれば
誰も盗まなくなるのではないか。
これまでと同じモノが違って見えてくるのではないだろうか。
そして、そうやって培われた心こそが教育の成果物である。
部活動の場をどうしても設定したい理由はここにある。
授業で養うことの難しいこの心を養う力が部活動にはある。
そう思っている。
そして、部活動こそが自分の最も得意なフィールドだ。
自分がこれまでの人生において最もエネルギーを注ぎ込んできたものこそが
部活動であるからだ。
残り1年と8ヶ月。どこまでできるか。。
決めなければならない。そのためには、この大学にどんな用器具があり、
何が不足しているのかを把握する必要がある。
そこで、カウンターパートに聞いてみたところ、
「ほとんど全てが不足している」とのことであった。
確かに、普段スポーツ関連の用器具を見る機会は少ない。
それを自分の目で確認したく、用器具庫を見せてほしいとお願いしていたのだが
渋られていた。というのも、用器具庫は固く施錠されており、
開けるのに労するからというのがどうやら理由のようだ。
しかし実は、渋られていたのにはもう一つ理由があった。
最近、日本から発展途上国への物的援助を促す
「世界の笑顔のために」というプログラムがあって、
ほとんど全ての用器具が不足しているという話を聞いていた自分は
その締切が間近であることもあり、用器具庫の確認をする前に
本プログラムの内容をカウンターパートに話してしまったのだ。
カウンターパートはただでスポーツ用器具が貰える可能性があると考え、
用器具庫を先に私に見せてしまっては得られるものも得られなくなると思い
見せるのを渋っていたようだった。
(結局、確認したところ、本プログラムは自分の本来の活動の範疇に入る場合
受理されないため、初めから適応外だったのだが…)
私はいつでも本プログラムの申請書を提出できるように準備万端の
状態ではあったが、用器具庫を見るまでは申請書は提出できないと思っていた。
自分の目でちゃんと事実確認を済ませなければ次のステップには進めない、と。
当たり前の事だ。
そう思っていた時、ちょうどいいタイミングで生徒がサッカーか何かの
ユニフォームをカウンターパートに返却しに来た。
今がチャンスと思い、カウンターパートと生徒についていって
ようやくの思いで用器具庫を見ることができた。
中には、
数多くの用器具があった。
確かに、それらの中には壊れていたりで使い物にならないものもあったが、
使えるものも十分にあった。これだけあれば十分にいろんなことができると
思ったのが率直な感想である。問題の所在は別のところにある。そう感じた。
それを知ると同時に深く反省もした。
自分がこの大学にボランティアとしてきたことで、
なんとかこの大学の役に立ちたいと思った一心での行動でもあったが、
申請書提出期限間近であったためとは言え、
事実を確認せずに先走った行動をとってしまった。
申請書提出間際で止めていたとは言え、提出直前。。反省である。
カウンターパートに早い時点でもっと強くお願いするべきだったと思う。
また、それと同時に新たな問題を見つけた。
問題は用器具が不足していることではなく、
それらを効果的に使うための仕組みが整っていないことなのである。
私は私に用器具庫をなかなか見せてくれなかったカウンターパートが言う
「用器具庫を固く施錠しており開けるのに労する」というのは
一つの事実である思っている。おそらく間違いない。
というのも、最近始まったことではないとは思うが、大学の所有物は
頻繁に誰かの手によって盗まれている。
(そこには残念ながら本大学の生徒も含まれている。)
それを警戒する上で仕方なく扉に鍵を2つ、
さらにバッグラバー(鉄格子の扉)に南京錠を2つ付けているのだ。
これでは確かに頻繁に開け閉めするのは大変である。面倒である。
しかし、ここに問題解決の糸口がある。
大事な用器具を守るためには固く施錠することも必要だと思っている。
しかし、用器具は生徒に頻繁に使われてこそ大事なものである。
大切にしまっておいても生徒のスキル向上には結びつかない。
だからこそ、頻繁に使うものとそうでないものをまずは選別し、
頻繁に使うものは体育館(日本が無償資金援助で建てた立派な体育館)の
倉庫に鍵を付けてそこで管理するべきだと感じている。
ハード面はそれなりに充実している。あとはそれをどう使うかだ。
最終的には教師がそれら備品を管理するのではなく、
今盗む側に立たされている生徒自身に管理させるようにしたいと思っている。
最初は管理がうまくいかなくて生徒に用器具を盗られるかもしれない。
でも、生徒が部活動に真剣になって、それら用器具が自分だけでなく
自分の仲間や後輩にとってどれだけ大事なものなのかがわかってくれば
誰も盗まなくなるのではないか。
これまでと同じモノが違って見えてくるのではないだろうか。
そして、そうやって培われた心こそが教育の成果物である。
部活動の場をどうしても設定したい理由はここにある。
授業で養うことの難しいこの心を養う力が部活動にはある。
そう思っている。
そして、部活動こそが自分の最も得意なフィールドだ。
自分がこれまでの人生において最もエネルギーを注ぎ込んできたものこそが
部活動であるからだ。
残り1年と8ヶ月。どこまでできるか。。
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