2011年12月23日金曜日

国家の品格

という本を読んでみた。その当時なかなか売れた本らしい。
この本は講演記録をもとにしたものらしく、確かに品格のことについて
書いているのに品格に欠ける文章が羅列してあり、講演として聞く分には
確かに面白いと思うが、本にするのはどんなもんかと思った。
それについては筆者自身にも自覚があるようで、本の中でもその件に
触れている。なんて変な人なんだと思った。

論理だけでは今日の社会的荒廃を食い止めることはできない。
日本が世界に誇る情緒と形の文明という国柄をこの手に取り戻さなければ
ならない、というのがこの本の概要である。

私としては、その論理をしっかり表現できるようになった上で大批判を
繰り広げてほしかったのだが、突っ込みどころが満載で読み物として
楽しんでしまいなんとなく読み終えてしまった。
ただ、そんな中でも少し考えさせられる面白い部分があったので
書き留めておきたい。

『ならぬことはならぬ。』

武士道の考え方の一つなのだとか。
要するにこれは「問答無用」だとか「いけないものはいけない」といったことであり、
価値観の押しつけであると言える。これは論理的に説明がつけられないから
しょうがなく生じてくる言葉のようでもあるが、人がなぜ人を殺めてはいけないのかを
例に挙げると多少理解が進む。例えばその人が大量殺人者だとしたら他の命を
守る上ではその殺人者を殺めることが時に正とか善とされる場合がある。
国によっては合法的でもある。しかし、ならぬことはならぬもの。。
ここからは筆者の面白いところ。「論理では証明できないことは押しつけよ。」
この世の中には論理で説明のつかないことが多く、重要なことの多くが
論理では説明がつかない、できないのだという。だから、押しつけよ。
子育ての時には説明など不要。頭ごなしに押し付けてもよい、と言っている。

最近東野圭吾のパラドックス13という本を読んだ。
ブラックホールのなんらかの変化の影響で巨大なエネルギーの波が
地球を襲い、その結果13秒間の時間跳躍が起こる。その範囲は宇宙全体。
それによって知性を伴うものの全てがその13秒間の間に知性を伴わないもの
になった場合、知性を伴わない、つまり存在しない(死んだ)ものは時間跳躍の対象に
ならないため数学的矛盾(パラドックス)が生じ、その矛盾を回避するために
その13秒間の間に死んだものが別世界に転送されると言った内容であった。
時間跳躍の前後で状況の食い違いがあってはならないというのが前提と
されているようであり、宇宙の原則でさえも知性の類をコントロールしきれないのかと
思ったのが印象的であった。もちろんこれはフィクションであるわけだが、
この本を読み終わったときに感じた宇宙大原則の不完全さへの可能性と、
ならぬものはならぬいくつかの事例が自分の中でダブりなんだかおかしな
気持ちになった。

もし機会があれば、読んでみても面白いかと思う。

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